台湾旅行(2) 澎湖島観光


より大きな地図で 20120226 台湾への旅 を表示

二日目は台湾の西方約50kmに位置する澎湖島に行きます。

澎湖諸島は大小併せて90の島々から成り、人が住んでいる島はそのうちの19島で人口は約10万人。地理的に大陸から台湾への移民の中継地点なため、意外にも台湾本島より早く発展し400年近い古い歴史を持ちます。

四方を海で囲まれている上に、ほぼ平地で山がないため非常に風が強く、別名「風の島」と言われてます。当日はミニスカートで行かなくて正解だった。



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6:47 目覚めました。ホテル「京城大飯店」の小さなビュッフェでモーニング中です。セレクトが健康的過ぎてかつてない快便が期待できそう。



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8:14 チェックアウトに急ぐ友達相手に部屋のトイレで篭城戦を繰り広げた後、MRTに飛び乗って高雄国際空港に着きました。

澎湖島までは台湾の「トランスアジア(復興)航空」で行きます。航空券は日本からHPで予約したのですが、当時は日本語ページが無く果たしてちゃんと予約出来てるかやや不安気に並ぶ友達の後ろでわたしは、海外旅行用の英会話本の「空港にて」のページを開いてバックアップすべく緊張してます。



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異国の空港で無事チェックインでき「豆しば」のように和んでいる写真です。

少し前のウルルン滞在記で特集されてましたが、澎湖島は緯度がハワイとほぼ同じで、夏には白い砂浜と青い海が輝き「台湾のハワイ」というキャッチフレーズが台湾観光庁の決めセリフです。

常夏のトロピカルドリンクならぬ、澎湖島名物の仙人掌(サボテン)ジュースを頭に思い描き、いい年した大人がキャッキャキャッキャ、ハシャいでいる。



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9:00 搭乗ゲートに向かうと、写真の白黒調の猫バスのような巨大バスが迎えに来ました。これで滑走路を疾走し搭乗機まで連れてってくれる。

トランスフォーマーみたく、コイツがそのまま飛行機に変形するんじゃないかと、少し期待しました。



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搭乗機はなんとプロペラ機だった。フランスとイタリアの航空機メーカー共同事業体・ATR製のターボプロップ双発旅客機「ATR72」です。巡航速度は500km前後、低騒音・低燃費・低コストが売りの優秀な機体です。

何を隠そう、わたしは小学生の頃に「航空ファン」を半年だけ買い続けた飽きっぽい男です。



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9:51 わずか1時間程度で澎湖島に着陸しました。澎湖諸島本島の馬公空港です。

ここは軍と民間の共用空港で写真撮影は禁止されてたのですが気づかず、この写真を撮った5秒後に軍人風の怖い空港職員に怒られ「てへぺろ」で勘弁してもらった。島には現在でも台湾の西の防衛の要として軍施設が点在します。



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空港ターミナルの外に出ました。うーむ、何もない。ドラゴンボールの精神と時の部屋のようだ。そして、噂どおり風が強い!凄まじく寒い!!「台湾のハワイ」はどうした!?

本当に服を着てるか何度も下半身を確かめるくらい風が肌に突き刺さり、羽田にダウンジャケットを置いて来たのを本気で後悔した。ジョジョのスタンド「バイツァ・ダスト」で羽田からの時間を爆破して巻き戻したい。



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10:42 空港タクシーに乗って移動中。

島の移動手段はバスかタクシーかレンタルバイクだが、運賃の安いバスだと本数が少なくタイムリミットの夕方まで時間も限られてるためタクシーを借り切って廻ることにしました。一番便利なのは自由気ままなバイクだが、この軽装で走ったら間違いなく凍死するため、友達に泣いて勘弁してもらった。

今いる澎湖諸島の本島は、4つの島が橋で連結され、ちょうど平仮名の「つ」の形となっている。南から、空港があり行政と経済の中心地・馬公市のある馬公本島。北に向かって、もっとも小さい中屯島。そして白沙島と続き、西端が漁翁島(西嶼)だ。

まずは一番遠い漁翁島の有名な観光地「西嶼西臺」にとっととタクシーで行ってしまうことにし空港の端にいた女性(おばちゃん)ドライバーと交渉した。



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4島を結ぶ203号線をすっ飛ばし、馬公本島を縦断し中屯島に差し掛かりました。天気が悪く車も人もほとんど通らず荒涼とした雰囲気。中屯島はジブリアニメによく出る巨大風車が乱立してるので有名。澎湖島は風が強いため風力発電がブームです。



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11:15 白砂島を突っ切り、あっという間に漁翁島の西端にある要塞跡「西嶼西臺」に着きました。

観光客はチラホラいたが、写真の駐車場で分かる通りとても寂しい雰囲気。「澎湖は熱帯に属し1年の多くは夏で雨が少なく灼熱の太陽が照りつけます」というキャッチフレーズはどうした!?やはりシーズンオフなのか。

外に出ると一段と強風が吹き叫んでおり、このまま手羽先の山ちゃんに入ったら間違えて手羽先にされてしまいそうなくらい鳥肌が立っている。女性ドライバーは、あたしは車の中で待ってるからじっくり観て来て、と笑顔で言ってシートベルトを外そうともしない。賢者に思えた。



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「西嶼西臺」入口です。読み方が分からぬ。右のカウンターが受付で大人一人25元。

西嶼西臺は1884年の清仏戦争後、台湾の初代巡撫(じゅんぶ。長官のこと)劉銘伝が澎湖島の防衛強化及び、近海に出没する海賊の進入を防ぐため、ドイツから技師を招聘して建てた砲台要塞で1888年7月に完成、現在では国家一級古跡になっている。

西台古堡とも言うらしい。尚、写真の入口にかかった「西嶼西臺」の文字は、清の政治家で下関条約の全権大使だった李鴻章が書いたという話です。



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要塞内に入りました。巨大で暴力的な大砲が海へ向けられている。

澎湖島含む台湾近郊は当時、麦わらの一味の巣窟と化しており、西嶼西臺は海賊から島を防衛するのが主目的だったらしい。今の砲門はレプリカだが、当時は19世紀イギリス製アームストロング砲4門と銅砲2門が配備され、1894年の日清戦争でも台湾海峡に侵攻した日本艦隊に激しく砲弾の雨を降らし猛攻撃を加えたそうだ。



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大砲です。
間近で見ると長州力のように迫力がある。レプリカなんで長州小力か。



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砲門の巨大さが分かる写真です。
大砲にぶら下がる友達が携帯ストラップのようだ。

日清戦争後、台湾と澎湖諸島は日本の統治下となり要塞も日本軍が接収して大東亜戦争で台湾海峡防衛に使用されました。日本敗戦後は中国国民党軍が引き継ぎ、共産党との戦いにも使われたそうだ。

澎湖島はいつの時代も台湾海峡の制海権を左右するイゼルローン要塞に等しい軍事上の要衝だったのだ。



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要塞内部はモグラの巣のようにトンネルが半分地上に盛り上がった形で張り巡らされており、地下弾薬庫や兵舎となってます。

写真は寒風吹き叫ぶ中、盛り上がったトンネルの上に記念撮影のため震えながら立たされるわたしです。完全に罰ゲームに等しい。



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真下の地下トンネルの中は打って変わって風が入らず、思わず顔がニヤけたわたしです。ここで暮らしてもいいと本気で思った。

この後、途中の観光地に立ち寄りつつ、ジョジョに馬公市まで戻ります。



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11:50 西嶼西臺の後、これまた有名な観光地「二崁古厝(アーカンクツオ)」に来ました。古厝とは古い家という意味です。

二崁古厝は1910年頃、二崁地域に形成された伝統家屋の集落で、珊瑚を使った石壁と赤い素焼きの瓦造りが特徴です。今は「二崁聚楽保存区」となり現代的な建物の建築は政府によって禁止されてます。

合掌造りの古家が点在する世界遺産、岐阜県白川郷のようなものか。



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天気が悪く、人の気配がまったくないため、異世界に迷い込んだかのような不思議な町並みです。夜に道に迷って一人で来てたらラヴクラフトの「インスマウス」の街に相当する恐怖を覚えるかもしれない。

ただ真夏の青空の下ではまったく趣が違い、南国仕様になるようだ。



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入口付近にはグリーンカレーのような幻想的な廟もありました。

二崁古厝の住人はどのお宅も「陳」という姓の単姓村だそうです。この地への定住が始まったのは明代末で1895年以降の日本統治時代以降、次第に住人が離散し集落は没落しましたが、1910年頃に台南で財をなした陳嶺・陳邦兄弟が故郷に錦を飾り、豪華な「陳家古厝」を建てて街を再建、その後、徐々に住人も戻り観光地として現在に至っているらしい。

ダンジョンの中には喫茶店や軽食屋もあるようだが、今はシーズンオフなのだろう。観光地としての活気はまったくない。



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二崁古厝の家々は強風対策で多くが一階建ての平屋造りとなっているため、歩いてても目標が見えず町の迷路感を強調します。

また家々の壁や門の前の置物・看板・標識は可愛らしく遊び心があり、寒いのを除けば歩いてるだけで楽しく角を曲がる度に何が出てくるか分からないRPGのようなワクワク感がある。

写真は一番謎だった看板で「二崁素人SHOW」と、AVのタイトルのような文字が書いてあるが意味や動機や男優やSODかも不明。



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路地の途中に無人の門があったので入ってみました。



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一番奥は廟になってました。廟はもうお腹いっぱい。昔の「Wizardry」でお世話になった「カント寺院」と名づけた。



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ここは喫茶店らしい。杏仁茶を飲ませてくれます。

こうして迷路をさまよってると昔のPCゲーム「ブラックオニキス」のウツロの街を歩いてる記憶が蘇った。当時のPCゲームは楽しかったな。



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路地から顔を覗くと、遠くから犬がこちらをじっと見てました。ワンじゃなく「おいっ!」っと日本語で話しかけてきても驚かない雰囲気。いや、驚くけど。



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ひらけた丘に来ました。写真の建物が恐らく国家三級古跡となっている「二崁陳家古厝」でしょう。入館料で30元払う必要があり、運が良ければ日本語堪能な陳さんの子孫に出会えるそうだ。



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時が止まっているかのような二崁古厝は一昔前のファンタジーRPGを感じさせる不思議なダンジョンでした。

寒くてお散歩を堪能する余裕が無かったため、次は真夏の太陽に焼かれる珊瑚の石壁を見に来たいです。



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12:28 再び東に戻り、往きにスルーした漁翁島と白沙島を結ぶ全長2.5kmの台湾最長の橋「澎湖跨海大橋」に来ました。空港にもこの橋のミニチェアがあり、澎湖島で一番有名なランドマークらしい。

開放感溢れる広い車道から左右の大海原を眺めなつつ海の上をドライブでき、また歩道もあるので歩いて橋を渡ることもできるようだ。



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橋の脇には「進撃の巨人」にそのまま出てきそうな巨大な漁翁の像がありますが、食われるどころかあまりの寒さにどうでもいい雰囲気。ここは海の目の前のためこれまで以上に寒風が凄まじい。



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203号線を行きかう車は皆、高速道路のようにビュンビュン飛ばしてわたしの撮影を邪魔しようとする。車の切れ目を狙って中央分離帯へ飛び出し、空中で4回転しつつアクロバティックに撮影した写真です。



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12:41 澎湖跨海大橋を渡り、白沙島に入りました。

同行者の友達と比べ、すぐにタクシーの車内に戻ってくるわたしの寒がりを面白そうに見てて少し打ち解けたおばちゃんドライバーが気を利かせて、白沙島に入ってすぐにある「通梁古榕樹」に連れてってくれた。ここも有名な観光地です。

つーか寒さのあまり謝謝数をカウントするのを忘れていた。ここまでですでに50謝謝くらい入ってるはず。



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「通梁古榕樹」の中です。ここは1648年に植えられた樹齢364年の台湾最大のガジュマルに覆われており、あまりにも巨大なため自らを支えることができず大きな鉄筋コンクリート製の櫓で支えられてます。

見た目、数え切れないくらいのガジュマルの森と化してる様に見えますが元々の根は一株のガジュマルで、300年の年月で成長し続けてこの不思議な景観が出来上がりました。



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ガジュマルの奥にある廟「保安宮」です。周囲には椅子やテーブルが置かれ、お土産屋と澎湖島名物「仙人掌アイス」の店が軒を並べている。

5時間前はあれだけ楽しみにしてた「仙人掌シリーズ」ですが、あまりの寒さに購買意欲がまったく沸かず、耐寒能力のある友達から一口もらおうとすらしなかった。



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13:25 馬公市に戻ってきました。お腹が減ったので友達推薦の「讚哥麵攤」までタクシーで連れてってもらい、そこでおばちゃんドライバーとお別れ。たくさん謝謝入りました。

タクシー代は2千2百元だったから6千円弱か。まあ貸し切りで効率的に観光地を回れたし良かったのではないでしょうか。バスだといまだに二崁古厝に辿り着けず、どこぞのバス停でヘタり込んでそうだ。



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澎湖島名物のB級グルメ「焼肉飯」を頼みました。シンプルで美味しい。



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店のテレビでは来台中の柏木由紀さんの握手会の様子が流れてました。うーむ、天気がいまいちなのは雨女と噂されるこの娘がいるせい??

ちなみに今考えると讚哥麵攤ではなく間違えて隣の店に入ってたかもしれん。



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13:55 昼飯後、のんびり馬公市を散策しました。ここは澎湖湾に面した公園の中にある「観音亭」。創建は1696年。廟内は南海観世音菩薩が祀られ、国家三級古跡に指定されてるそうだ。1884年に清仏戦争で破壊された後、1891年に再建されてます。

寺院の前の公園内は有名な海浜レジャー地域で、水遊びや釣り・カヤック・ウインドサーフィン・ヨット等、世界的な競技会を含め様々な水上イベントが開催される。

夏には花火も打ち上げられ、ここから見る夕景もとても美しいらしい。まさに台湾のお台場としか銘銘しようがない。



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公園から見えるレインボーブリッジ「西瀛虹橋」です。夜になると橋の欄干部分がライトアップされ海に虹の七色が光り輝くらしい。



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14:25 国家二級古跡の「順承門」に向かってます。

この道の両側は軍事基地となっており入口のゲートには冗談の通じなそうな笑顔一つない女性兵士の歩哨が立ってて近づいてくる我々を監視してた。他に通行人がまったくいなく、我々がゲートに近づくにつれ明らかに警戒態勢に入った感が出たため隠し撮りすらできず。



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ドキドキしながら基地を通り過ぎ、狭い路地に逃げ込んでホッとしました。

途中、昔の石壁の残る迷路のような区画に入ってみた。ここらへんも人の気配がまったくない。



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迷路を抜けるとかつての「媽宮城」の城壁跡にぶちあたりました。城壁の大部分は日本統治時代に取り壊され、順承門から北側へ800m程だけが残ってます。



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元の道に戻る途中、前世で恋人だったの?ってほど、人懐っこい猫が足元に飛び込んで来ました。



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この猫、我々が歩こうとすると、すぐ足元に身を投げ出して来るんで前に進めず、そのあまりのしつこさに初めて寒さを忘れて笑ってしまった。

餌をねだってるのかと思ったが、そういうわけでも無さそう。この先は危険だから行くな、と言ってるのか?



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ドラえもんより不思議な猫を振り切り、再び路地を進むと古い石造りの集落が見えました。

ここら辺は「篤行十村」と呼ばれ、日本統治時代、澎湖島要塞司令部に勤務した軍人家族の官舎で、台湾で最も早く形成された眷村(けんそん。外省人居住地)です。県政府によって「眷村文化園区」「澎湖湾故事園区展覧館」として整備・保存されてます。



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14:53 ついに順承門が見えてきました。が、ナンだこりゃ?土砂崩れ??完全に道が土砂に覆われている。猫が言おうとしたのはこのことか?

今度は謎の黒豚さんが手前にいました。地黒なのか丸焼きになったのか分からない。



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国家二級古跡の「順承門」です。1889年に建築された媽宮城の西門で、媽宮城遺跡で今も残っているのはこの順承門と城壁の一部のみです。

このまま門を通り抜けて馬公市中心に向かう予定だったのだが、土砂崩れ?の影響か門の先に柵が出来てて通り抜けが出来ず、やむなく元来た道を戻るハメとなった。

軍基地のゲートの前を通る際、また同じ女性兵士に睨まれてしまい俺らが見えなくなるまで見られてた。かなり怪しまれている。これで順承門に忘れ物してたらもう見捨てるしかない。



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15:14 海沿いは風が強く寒いため、早歩きで馬公市の中心に戻って来ました。写真は1592年に創建された台湾最古の廟である国家一級古跡の「天后宮」です。台湾人から最も信仰されてる道教の女神で海の守護神「媽祖」が祀られてます。

しかし残念ながら工事中。うーむ、朝から「寒い寒い」愚痴り過ぎたのを神様が聞いてたのかも。



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15:18 風情のある「中央街」に来ました。ここは400年前に天后宮の門前町として発展した台湾最古の老街で、お土産屋や食事処に加えて、有名な「四目井戸」などたくさんの古跡があります。



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中央街の路地を曲がると、写真の犬が「待っていたぞ」とでも言いそうな雰囲気で道のド真ん中に座っていた。完全にボスキャラのオーラを放っている。

この犬「二崁古厝」で通りの向こうからわたしを睨んでた犬??通行料代わりに頭撫で撫でしたら通らせてくれました。台湾の犬や猫は皆、大人しく人懐っこい。



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15:30 色使いが素敵な友達お薦めのお土産屋「媽宮」に来ました。ここは美味しい仙人掌ケーキや黒糖ケーキで有名なお店です。普段はデフォルト万引きのわたしですが、ここではお土産に仙人掌ケーキを買いました。

その後、相変わらず寒さに震えながら市内の日本統治時代の建物を巡った後、路線バスで馬公空港に向かいました。



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19:17 台北に戻ってきました。体感温度が一気に上がった。



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20:46 ホテルに荷物を放り出すとディナーに出かけました。ここはMRT淡水線の中山駅周辺です。台南や澎湖島と比べ、都会過ぎて笑える。

近代的な中山駅周辺は日本人観光客とそれ向けのお店が中心で、今回の旅行で初めて何度も日本語で呼び込みされました。日本人には安心できる街です。



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長春路と林森北路の交差点付近にある「伍柒玖牛肉麺(五七九牛肉麺)(ウーチーチウ)」に入りました。小籠包の名店「京鼎楼(ジンディンロウ)」の隣にあります。

台湾全土に展開するチェーン店だが、各店、メニューも味も違うという変わったお店。日本語メニューがあり日本人どんと来い!の店なので、わたしのような初心者向きです。



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牛肉麺(ニュウロウメン)です。



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そして小籠包です。



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さらに杏仁豆腐です。



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22:52 お腹が一杯になり、体も暖まったところで台北站に来ました。明日は九份に一人で行くため、友達の薦めで台湾初心者のわたしが明日の朝、窓口でパニくらないよう時間のある夜の間に乗車券を買いに来たのだ。

しかし、窓口では係員の耳クソがつまってたようでわたしの英語がいまいち伝わらず、買おうとした時間帯の特急券はないと言われてしまった。どうも曜日によって運行システムが違うようだ。

一旦、ホテルにスゴスゴ戻ってiPhoneで調べることにした。果たして明日は無事に目的地へ辿り着くことができるのか続きはWEBで。(続く)

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