伊勢神宮でパワースポット巡り 外宮/内宮/猿田彦神社観光


より大きな地図で 20111112 伊勢神宮 を表示

2011年11月、友達と二人で人生初のお伊勢参りを計画、三重県までなんと日帰りで行ってきました。今年は色々あったしね。

伊勢神宮は日本人の心のふるさとと言われ「お伊勢さん」「大神宮さま」と呼ばれて親しまれてます。江戸時代にはお伊勢参りが全国でブームとなり、今で言う「ことりっぷ」のようなガイドブックまで出版されてたそうだ。

今と違い、地域や藩を越えた移動に制約があった時代、お伊勢参りは当時の日本人にとって人生で唯一の「旅」そのものでした。



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品川6:00発、なんと始発の「のぞみ99号」で名古屋に向かってます。かつて海外旅行でもこんなに早く家を出たことないのでは?

そう、今回は奥様は魔女ならぬ、奥様が友達であるため、東海ツアーズの「日帰り1dayお伊勢さん スタンダードプラン」で何がなんでも日帰りで行ってきました。ツアー代金は一人20,800円。昼飯のクーポン券も付いててとてもお得。



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7:52 欠伸を連発しつつ名古屋駅で近鉄特急に乗換えました。品川から名古屋まで1時間半、名古屋から伊勢市まで1時間半で、計3時間の旅路です。

ハードスケジュールを想定し最もボリュームのありそうな駅弁を完食したら凄まじく眠くなり、一瞬で意識がいずこの空に飛んでいった。



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9:24 平日なら、まさに会社に着く時間に三重県の伊勢市駅に着きました。空間にギャップがあり過ぎる。



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まずはセオリー通り「外宮詣で」に向かいました。外宮→内宮が古来からの習わしです。眩しい朝日に照らされた駅からの神宮参道は、完全に徹マン明けの雰囲気だ。



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外宮前、工事中の御木本道路に出ました。

伊勢神宮は内宮と呼ばれる「皇大神宮(こうたいじんぐう)」、外宮と呼ばれる「豊受大神宮(とようけだいじんぐう)」の両正宮と、それに所属する別宮・摂社・末社・所管社を含む125社の総称で、正式名称はただ「神宮」だけです。

神宮号を付けた神社は、明治神宮、熱田神宮などいくつかありますが、このシンプルな正式名称は伊勢神宮が他とは社格が違う唯一無二の存在であることを表しています。HUNTER×HUNTERの「王は王。それ以外の何者でもない」の蟻の王様と同じ。



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9:35 横断歩道を渡り外宮入口の「表参道火除橋」に来ました。外宮の周囲には防火のためにつくられた「掘川」が取り巻いてます。

外宮の主祭神は天照大御神の食事係で食物の女神と言われる「豊受大御神(とようけのおおみかみ)」です。伝説では、5世紀の雄略天皇の夢に内宮の祭神である天照大御神が現れ「自分一人では食事が寂しいので丹波国から豊受大御神を近くに呼び寄せるように」と神託したため、同年、内宮に近いこの地に豊受大御神をお迎えして祀ったのが外宮の始まりだそうです。

ハリウッドセレブのような我儘っぷりだ。



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9:39 第一鳥居に来ました。

くぐった瞬間、物凄い強大な「小宇宙(コスモ)」を感じました。さすが日本最高のサンクチュアリ(聖域)です。もっと大きな鳥居を有する神社もありますが、重厚さが違う。



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深い森の中の表参道を歩いてます。

伊勢神宮の参拝時間は早く、夏は朝4時から開放されるため、すでにそこそこの数の参拝客がおりました。



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9:41 第二鳥居に来ました。ここを守る黄金聖闘士は朝飯でも食べにいっているか見当たりません。

って、最近「聖闘士星矢」を読み返したわたし。



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人がワンサカ群がった「神楽殿」です。ご祈祷の受付やご朱印の記載、お神札やお守りなどを購入できます。



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神楽殿に隣接する「九丈殿」です。九丈殿では外宮各社の様々な祭典が執り行われるそうです。奥には五丈殿があります。



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参道を抜けて広場に出ると、パワースポットとして有名な「三ツ石」がありました。遷宮の際、ここで御祓いをします。

この石の上に手をかざすと温もりを感じるらしく、皆、手をかざしてました。どこのハロゲンヒーターやん。



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9:45 広場の北側を見ると、外宮の中核「豊受大神宮」こと御正殿(ごしょうでん)への入口が見えました。豊受大御神のお住まいです。



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御正殿です。参拝客は鳥居の後ろに見える拝殿までしか入れません。

写真の澄んだ青空の下に見える茅葺屋根の田舎な家が神様のお住まいとなります。異国の神話、例えば星矢つながりでギリシャ神話などと比べ、素朴で長閑な様式は日本古来の宗教感そのものなのだと感じました。



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参拝後、広場の反対側にある後光がさす御池で休憩しました。

御正殿の隣には2013年に予定される「式年遷宮(しきねんせんぐう)」用の場所が確保されてました。式年遷宮とは20年に一度、御正殿や別宮など全ての建物を当時の様式のままリフォームして隣接した土地にお引越しする儀式で、驚くべきことに1300年続いているそうだ。

1300年前って古事記が創られた年じゃないですか。繰り返すことで当時の技術や文化、伝統が廃れることなく継承されてます。



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参拝後、離れにある3つの「別宮(わけみや)」に向かいました。尚、伊勢市駅近くには「月夜見宮(つきよみのみや)」という4つ目の別宮もあります。

途中の参道に、いすゞのトラックに轢かれてペシャンコになったかのような写真の「亀石」があった。伝説では有名な「天岩戸」となった一枚岩と言われてます。



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9:56 境内にある檜尾山(ひのきおやま)の石段を98段登ると、第一の別宮「多賀宮(たかのみや)」が見えてきました。多賀宮は外宮と同時に創建されたと伝えられ、豊受大御神の「荒御魂(あらみたま)」を祀っており、4別宮の中で最も古く格式高いと言われてます。

荒御魂とは神様の中の行動的で激しい側面のことを言い、ドラゴンボールに例えると、神様から分かれた「ピッコロ大魔王」のようなものです。自分を奮い立たせて前に進むときなどに多賀宮にお参りするといいらしい。



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石段を降りた先に見えるのが第二の別宮「土宮(つちのみや)」です。

祭神は土地神の「大土乃御祖神(おおつちのみおやのかみ)」で、1128年に度重なる宮川の氾濫に悩まされた外宮の神官が、洪水防護の祈念の効果を高めるため名も無い土地の社を伊勢の別宮に昇格させたと言われてます。



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10:06 第三の別宮「風宮(かぜのみや)」です。

祭神は風雨を司る神とされる「級長津彦命と級長戸辺命(しなつひこのみこと、しなとべのみこと)」です。1281年の元寇の際に神風を起こし日本を守ったとして1293年に別宮に昇格、それ以降、日本の国難に際して国を救う祈願の対象となりました。

江戸時代末期には朝廷がこの風宮で攘夷の祈願を15日間連続で行ったそうで、21世紀の今日、震災復興と領土問題解決の祈願をしておきました。プーチンが気前よく北方領土を返してくれたらわたしのおかげかもしれません。



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10:13 亀石のそばにある二股の巨杉の間でかくれんぼした後、外宮を後にし、そのまま歩いて内宮に向かいました。

食事処や土産物屋が取り巻き観光地として賑わう内宮と比べ、自然豊かな外宮はあくまで静かで凛とした雰囲気で、たっぷりとマイナスイオンを吸収し世俗にまみれた心をリフレッシュできました。



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外宮を出たところで写真の「参宮木札」をもらいました。

知る人ぞ知る参宮木札は、数年前から期間限定且つ、毎朝先着100名限定で外宮前の観光案内所でのみ配布、木札にはその年の干支の焼印が入っており参宮の記念になります。尚、一部の店舗では500円で限定販売しているらしい。

古来より全国から集う参拝者を伊勢の人々が食事や宿等でもてなすにあたり、目印は参拝者が手水舎で使うために持参した柄杓(ひしゃく)でしたが、この木札はその代わりとなります。首から下げてると店によっては割引等の特典やおもてなし、逆ナンや合コンの誘いがあるらしい。こりゃ始発で来て正解だ!



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10:43 内宮への途中、宇治浦田交差点にある「猿田彦神社」に寄りました。

猿田彦神社の祭神は「猿田彦神(さるたひこのかみ)」と、その子孫の「大田命(おおたのみこと)」です。遥かな天孫降臨で天照大神の孫の「ニニギノミコト」が伊勢の地を通った際、土地神の猿田彦神が高千穂の地へ道案内したことから、交通安全や物事を善い方向へ導いてくれる神様として信仰されてます。



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拝殿です。ちょうど七五三なため子供連れでとても賑わっており、わたしも子供のフリして大好きだった「千歳飴」を数十年ぶりに買えた。

伝説では、紀元前1世紀に垂仁天皇の皇女「倭姫命(やまとひめのみこと)」が伊勢神宮内宮を創建する際、現・猿田彦神社の宮司、宇治土公家の先祖で猿田彦大神の子孫「大田命」が五十鈴川一帯を献上したと伝えられてます。



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猿田彦神社に寄った一番の理由は千歳飴ではなく、ここでしか売ってない写真の「五十鈴」を買うためでした。ことりっぷに載ってて一目惚れしました。

五十鈴は魂に響く鈴を振って人生発展を祈願するマジックアイテムで、鈴を振ると鳴るカラカラ・・・と言う非常に地味な鈴の音が、厄災を祓い、身を清浄にしてくれます。3000円と結構な値段がしますがわたしが買わずして誰が買う。



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11:19 早目のランチで内宮に隣接する「おはらい町」に来ました。おはらい町は「宇治橋」のたもとから五十鈴川に沿って約800m続く石畳みの通りで、伊勢伝統の切妻屋根で建てられた古い木造家屋のお店が立ち並んでます。

通りの中心から路地に入ると、江戸時代末期から明治時代初期の門前町の町並みを再現した「おかげ横丁」もあり、たくさんの観光客で賑わってます。



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おはらい町にある有名な伊勢田舎料理屋「すし久」に入りました。この店の建物は明治2年の遷宮で廃棄された宇治橋の古材で建てられてます。

伝統の「てこね寿司」が美味しいらしいが、無駄に精をつける男として「ひつまぶし」を頼みました。二階の座敷はこんな感じ。このまま横になりたい。



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窓からは五十鈴川の美しいせせらぎが見えました。初めて見る五十鈴川は金曜日のわたしの心の中のようにとても穏やかです。



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12:24 お腹一杯となり、眠気でフラフラしながらいよいよ内宮へ足を踏み入れます。内宮の入口、五十鈴川にかかる「宇治橋」の鳥居です。



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内宮のシンボル、長さ101.8m、幅8.42mの宇治橋です。「俗界と聖界の境にある橋」とされてます。

この橋は20年で約1億人近い人々が参拝しに通るため、厚さ15センチのヒノキ材の橋板が遷宮毎に4~6センチも減ってしまってるらしい。



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宇治橋の両端に立つ鳥居は、前回の遷宮で解体された御正殿の柱が材料として使われ、都度リサイクルされてます。

尚、宇治橋の欄干に16基ある擬宝珠(ぎぼし)のうち、左側2つ目の色の違う擬宝珠の中にはお札が納められており、宇治橋を渡られる人たちの安全祈願のパワースポットだそうだ。



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12:30 境内に入ると眩しく広い「神苑」が広がってました。このまま内宮の御正殿に向かって歩き出します。



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参道の途中に五十鈴川の支流があり、なんと川が丸ごと手水舎となってます。ここは古来からの祓い(はらい)の場で、御正殿に参拝する前に必ず五十鈴川の清流で身を清める習わしになってます。



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冷たい清流で心身がリフレッシュされ、目が少し覚めました。



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優しい木漏れ日に照らされる森の妖精、ではなくわたしです。

外宮は凛とした明鏡止水な雰囲気でしたが、内宮は天照大御神が照らす日の光で暖かい雰囲気があります。単に午前と午後の違いだけかもしれないですが。



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天照大御神は皇室の御祖神であり日本人の総氏神です。日本書記によると、2000年前に倭姫命が「八咫鏡(やたのかがみ)」に込められた天照大御神の御神体を鎮座させる地を求めて諸国を巡回した際、伊勢の国で「この国に留まりたい」との神託を得たことから、五十鈴川上流に鎮座されたのが内宮の始まりと言われてます。



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尚、倭姫命は後に東夷の討伐に向かう甥の「日本武尊(やまとたける)」に三種の神器の一つ「草薙剣(くさなぎのつるぎ)」を授けたことで有名で、宇宙戦艦ヤマトにコスモクリーナーを託したスターシャのような人です。

徐々に御正殿が近づき、参拝客が集まってきました。



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12:46 とうとう着きました。階段の上で光に包まれている建物が内宮の中心、天照大御神のお住まいとなる「御正殿」です。写真撮影は階段の下からのみ許されており、階段の上と駅の階段の下からは許されません。



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13:03 参拝後、第一の別宮「荒祭宮(あらまつりのみや)」に向かいました。

写真の高床式倉庫は途中の参道にある「御稲御倉(みしねのみくら)」で、神様に捧げる稲穂の保管場所です。ここは御正殿と同じ「唯一神明造り」となっており、近くで見れない御正殿の構造をイメージできます。



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御稲御倉を過ぎた先にある「外幣殿(げへいでん)」です。古神宝類が納めてあるそうで、外人さんも夢中です。ひぐらし的には古手神社の祭具殿のようなもので、許可無く侵入するとオヤシロ様の祟りが起こるかもしれません。



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13:06 「荒祭宮(あらまつりのみや)」に来ました。外宮の多賀宮と同様、天照大御神の荒御魂を祀っています。

強力なパワーを持つ別宮で、個人主義なお願い事は御正殿ではなくこちらでするのがいいそうです。御正殿では素直に日々の平和な日常に対する感謝の気持ちを述べましょう。

わたしが行ったときは体のデカい外国人観光客の団体が隙間無く取り巻いててガイドの説明を聞いており、わたしはその後ろでピョンピョン飛び跳ねてました。



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13:23 荒祭宮を後にし「風日祈宮(かざひのみのみや)」に向かいました。

写真は五十鈴川の支流を跨いだ「風日祈宮橋(かざひのみのみやばし)」で風日祈宮への参道につながってます。風水的にはこの橋から先は内宮でも屈指の強力なパワースポットだそうです。



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13:26 「風日祈宮(かざひのみのみや)」です。

外宮の風宮と同じく、元は天候の順調や豊作祈願の神様を祀る一社に過ぎなかったのが元寇で神風を吹かせて日本を救ったことから、それ以降国を救う祈願の対象となりました。祭神も同様で、級長津彦命と級長戸辺命です。氏子は「風のヒューイ」だと思われます。



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13:34 神楽殿の脇の参道を通って元の宇治橋へ戻りました。写真は参道途中の「火除橋」付近にあった静かで美しいスピリチュアルな池です。この池の奥の森の先に先ほどの荒祭宮があります。



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内宮を出ました。この後、おはらい町の素敵なオープンカフェで五十鈴川のせせらぎを聞きつつ休憩した。歩き回った疲労と極度の寝不足で、マシンガンのような同行者のトークを聞いてるフリをしつつ最後まで寝通す、という離れ業を演じました。



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15:30 お土産買って帰京の徒につきました。帰りは近鉄線から山手線までドアtoドアで爆睡した。

日本最高の神社、伊勢神宮はパワースポットとしても最高級でした。特に外宮の静謐な雰囲気は今思い起こしても圧倒的で、第一鳥居をくぐった瞬間に感じた「空気の違い」は星々が砕けるくらいの衝撃を感じました。

たぶん、伊勢参りで外宮に来る人々は都心の明治神宮などと比べて観光客に留まらないガチな大人の参拝客が多いため、この集まった人々の意識の高さが、神々しい雰囲気を形成する一環なのだと思いました。

今回の旅の総括としては「寝不足は500円の得」でした。(完)

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