京都・清明神社でパワースポット巡り 金閣寺/龍安寺


より大きな地図で 20141228_京都 を表示

二日目、京で帰ります。寝不足だ。



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9:07 泊まったホテル「ホテルサンルート京都」のイタリアンレストラン「トラットリア・ヴィアーレ」で朝飯を食べてます。10Fなので眺めが良く、京都東山や鴨川の清流が見渡せる。

今日はお帰りの日。19:54の新幹線なのでチェックアウト後、荷物を京都駅のコインロッカーに預けて観光に行くのが知的生命体として当然の行動だ。



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11:28 バスで京都駅にやってきました。

高さ131mの京都のシンボル「京都タワー」が見えてます。東京タワーやエッフェル塔と違い、一切鉄骨を使ってないカニやエビと同じモノコック構造なのが特徴。いつか漫画「テラフォーマー」でカニとエビと京都タワーの能力を合わせ持つ戦士が現れそう。



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見上げるような巨大な京都駅はとても綺麗で未来的で威圧的。いつか映画「トランスフォーマー」で変形ロボットとして登場しそう。駅は巨大過ぎてコインロッカーがなかなか見つからず、さ迷ってしまった。

最終日の今日はバスでやや遠出し、市内の厳選した観光スポットを巡ります。まずは二条城の先にある「清明神社」へ。



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11:29 バスロータリーのB1乗り場に来ました。ここで発着する9系統のバスが西本願寺~二条城~清明神社~上賀茂神社に向かう市バス。

清明神社への行き方は、地下鉄烏丸線だと「今出川駅」から徒歩12分で、市バスだと「一条戻橋・晴明神社前」から徒歩2分。迷うことなく地下鉄に向かった。と言いたいが、京都市内観光でバスを回避するのは厳しい。



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そこで一日乗車券カードを買いました。この魔法のカードがあれば市内なら500円で乗り放題。3回乗れば元が取れるので、ただでさえバスが苦手な生命体として当然の行動だ。

初回使用のみ降車時にカードを読取機に入れる必要があるが、2回目以降は刻印された裏面の日付を運転手さんに見せるだけでいいんで楽チン。と同行者に調べてもらいました。



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12:01 堀川通りを北上し二条城を越えて一条戻橋を過ぎた先でバスを降りると、堀川通りに面した綺麗な街中に「清明神社」があります。

清明神社は日本史上屈指の「陰陽師」として有名な「安部清明」を祭神として祀った神社です。小さな神社だし、こんなとこわたしくらいしか興味ないかと思ったら観光客がそこそこいて少し驚きました。



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晴明神社の鳥居の扁額には珍しい「五芒星」のマークが飾られてます。

五芒星は中国由来の陰陽道で用いられる魔除けの呪符で、西洋魔術においては魔女のペンタクルなど魔法のシンボルとして使われている。神社にハリーポッターな世界観は違和感ありありだ。



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境内に入ると左手に、堀川にかかる「一條戻橋」のレプリカがありました。

一條戻橋が最初に築かれたのは794年の平安京造営時と言われ、現在の橋も当時と同じ場所にあるらしい。歴史の古さから古来より様々な伝承が残っている。



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橋の傍らにはどことなくユーモラスな「式神」の石像が置かれてました。式神とは陰陽師が使役する鬼神のことで、式とは「用いる」の意味。安部清明は強力な属性を持つ「十二天将」と呼ばれる12体の鬼神たちを自在に操ったと言われてます。

神田うのは4人のベビーシッターを使役し損ねたと、昨日、ニュースでやってました。



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狭い境内を歩いてくと、左手に公式グッズ売り場の「桔梗庵(ききょうあん)」がありました。これは気合が入ってる。ここは最後に寄ろう。

境内のそこかしこに描かれた五芒星は陰陽道の基本概念である陰陽五行説の五元素「木・火・土・金・水」を表しており、形が桔梗(ききょう)の花に似てることから「清明桔梗」と呼ばれ、晴明神社の社紋となってます。



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「月柱」です。反対の南側には太陽を象った「日柱」があり、日月柱で陰陽道の思想のコアである陰と陽を表してます。

陰陽道」とは、古代中国の自然哲学である陰陽五行説をベースに日本で独自の発展を遂げた呪術や占術の技術体系です。

森羅万象は陰と陽の二面から生ずるとする陰陽思想と、先述の五元素からなるとする五行思想を組み合わせ、万物の陰陽五行を観察することで人間界のあらゆる吉凶を占うことができるとされてます。



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これはただの排水溝とかの蓋だと思うが、陰陽道の陰陽を表す「太極図」が描かれてます。ジュラシックパークで見たら間違いなく中に凶悪なヴェロキラプトルが封じられてる。

陰陽道の歴史ですが、5~6世紀に中国から伝来した陰陽五行説の思想が律令制下で「道」として体系化され、日本古来の神道や道教、密教の呪法や占星術、妖術の要素を包含して完成・発展していくことになります。



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先に進むと「二の鳥居」がありました。清明神社の境内は葭屋町通りを挟んで二つの神域に分かれており、本殿があるのはこの先だ。

安倍晴明に代表される陰陽道を究めて朝廷に使えた技術官僚を「陰陽師」といい、陰陽道の発展と共に組織化され、卓越した吉兆判断で国策を助言し、その専門性から存在含めて朝廷の国家機密を担うようになります。ハガレンの国家錬金術師のようなものだ。



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鳥居の脇には狛犬が、美しい紅葉と桔梗と五芒星に囲まれ、愛玩犬のようにちょこんと鎮座してました。

平安時代以降、朝廷で蔓延した御霊信仰での怨霊による怪異・災厄に対し、呪術や占術での対処法を陰陽師が示したことで、皇族や公家からカリスマ的存在として重用され、特に二大宗家と呼ばれる安部氏と賀茂氏が朝廷内で高い地位を占めるようになりました。



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漆黒がクールな「四神門」です。安部清明が住まわれてた屋敷の門は朝廷の使いが訪れると自動で開き、出るとまたひとりでに閉まる完全な自動ドアだったらしい。現在の門もそれにちなんで電動開閉となっているそうだ。

時代が飛んで江戸時代になると、これまでの戦乱などで二大宗家はすでに衰退、政治への影響力は弱まりますが、その反面、民間信仰の野良陰陽師が全国に広まったことで陰陽師=オカルトのイメージが定着していきます。



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四神門をくぐり境内に入りました。正面に拝殿と御神木が見えてます。

明治維新後の1872年、西洋文明と国家神道へ傾倒する明治政府は、陰陽道を邪教の迷信として廃止し、陰陽師は表社会から姿を消し去りました。今日、わたしがここに足を踏み入れるまでは・・・。なんてね。



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と、長々と前置きをWIKIで予習した後、まずは手水屋で手を清めました。こじんまりした境内は、映画「陰陽師」人気か参拝客で結構賑わってます。



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先週、ガストで食べたエビフライに似た龍がおりました。



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これは「清明井」と呼ばれる井戸。病気治癒のご利益があると言われ、安部清明が強力な呪力により噴出させたと言われてます。水が溜まる五角形の上部は回転し、毎年立春に水の落ちる方向をその年の干支で縁起が良い方向に向けるそうだ。

江戸初期、千利休の屋敷が境内にあったらしく、お茶を立てるのにこの水を使ったらしい。わたしも贅沢にカルピスに使いたい。



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拝殿脇には朝青龍のお尻のような巨大な桃がありました。これは「厄除桃」で、陰陽道では桃は魔除けの力を持つ果物とされてます。

松浦亜弥の桃色片思いを口ずさみながらナデナデしました。



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拝殿右手には御神木「楠」がありました。

推定樹齢は300年らしく、亀仙人とほぼ一緒。



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みんな並んで両手でハグしてました。生まれ変わったらこの木になりたい。

「ゴシンボクン」みたいな、ご利益を全面に押し出す「ゆるキャラ」がいてもいいと、ふと思いました。



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拝殿左手の壁には代表的な清明伝説が紹介されており、参拝前後、一呼吸置ける場所としてちょうどいい。平安時代、卓越した陰陽師の安部清明は、ライバルである蘆屋道満と競い、超常の力を駆使したと言われてます。



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それでは、やっと拝殿で御参りしました。



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清明神社の歴史ですが、1005年に安部清明が亡くなると、時の一条天皇はその偉業を讃え、1007年、安部清明の屋敷跡に清明神社を創建しました。



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創建時の境内はWIKIによると、東は堀川通り、西は黒門通り、北は元誓願寺通り、南は中立売通りまであり、わたしが上の地図で見るに恐らく今の30倍近い広大な領域だったようだ。その後、度重なる戦乱や都市整備で次第に縮小し1950年には現在の広さになったらしい。



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そして平成の世、映画化された夢枕獏の小説のヒットで陰陽師・安倍晴明ブームが起こり、全国から参拝者が訪れるようになりました。って、わたしもじゃないか。



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人で賑わう授与所です。晴明神社の御守りは魔法のアイテムとして実際的なイメージ。とても繁盛してました。



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桔梗庵で、明日から野良ハリーポッターになれるくらいガッツリ買い物して、力お金尽きたわたしです。



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清明神社は観光主体の外国人も少なく、全国から来た真面目な参拝客が多い印象で、都会の街中に溶け込むとても明るい開放的な神社でした。



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13:28 次にやってきたのは、清水寺と並び京都を代表する世界遺産「金閣寺」です。正式には「鹿苑寺」らしい。参拝料は400円。



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入口でもらいました。格式の高さに期待が高まります。しかし観光客の数が清明神社とは比べ物にならない。外人だらけで、さすが世界遺産だ。



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広大な境内を歩いていくと見えました。説明などいりません。京都で最も有名な舎利殿「金閣」です。

物凄い数の観光客が、皆、池に転げ落ちそうな勢いで写真を撮ってます。しかし自撮り棒ってこんなに流行ってたの?



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曇り空でも光り輝いてます。無駄な動きをしない信条のわたしは、ストレートに誰もが気になる外観の金箔について。

3層に塗られた外壁の内、金箔は2層3層に塗られてるらしく総重量は20kgにもなるらしい。本日の金相場だと5115円/1gなので金箔だけで1億円強。金閣寺は1950年に放火により全焼してるが我が身で想像すると、夢だと思って寝るくらいしか手段がない。



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人の流れに身を任せ、ゾロゾロと鏡湖池を回っていきます。

池の水面に写った「逆さ金閣」です。金閣を中心とした庭園の配置は極楽浄土をこの世にあらわしたと言われており、歌舞伎町を越えます。



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参道を歩いていくと地味なスポットが現れます。これは「龍門の滝」と滝壷に置かれた「鯉魚石」。鯉が滝を登りきると龍になるという中国の故事を表現している。



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こちらは茶室「夕佳亭」を越えた先にある「不動堂」です。関が原で敗れて八丈島に流された宇喜多秀家が16世紀後半に再建したとされ、今の金閣寺で最も古い建物だ。

この先はお土産ゾーンとなり、売店や出店が連なってます。



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金閣寺は銀閣寺と共に「相国寺」を親寺とする塔頭(たっちゅう)寺院です。1397年に足利義満の別荘として整備され、義満の死後に禅寺となり鹿苑寺と名付けられました。これだけの規模を誇る金閣寺が子寺だったとは、相国寺が気になります。

金閣寺の観光順路は、素晴らしい景観の撮影スポットに始まり、途中途中で境内のパワースポットと土産物屋が順序良く現れ、寺院というより観光地としてとても完成度が高い印象でした。



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14:43 さすがにお腹が減ってきました。二日目のランチは、気取らず観光地隅のベタで地味なお店で食べようと辺りを徘徊し、手打ちそば「花巻屋」を発見しました。誘惑に弱い男として先にガストを見つけなくて良かった。



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名代天ざる(1580円)を頼んだ。巨大過ぎてフレームに収まらない。

この店の蕎麦は、真空で鮮度を保った蕎麦の実から自家製粉してるそうだ。



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落ち着いた店内のお座敷で、お茶飲んでマッタリと足を伸ばせたんで、歩き疲れも吹き飛びました。



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16:17 最後にやってきたのは「龍安寺」。今回、3つ目の世界遺産だ。

拝観料は500円。小雨が降ってきてメチャクチャ寒い。



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広大な鏡容池を左手に見ながら参道を歩いてくと、階段の上に「庫裡(くり)」がありました。庫裡とは本来は寺院の台所や住職の住居のことですが、禅寺では本堂への入口となる所が多く、中で本堂と繋がってます。

見た目は禅寺院というより軽井沢のペンションのようだ。



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庫裡に入りました。素足じゃ死ぬんでスリッパに履き替えます。

世界遺産「龍安寺」は、室町幕府の武将で応仁の乱の東軍総帥でもあった細川勝元が1450年に徳大寺家の別荘を譲り受け創建した禅寺です。「石庭」と呼ばれる枯山水の方丈庭園がメチャクチャ有名だ。



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ついに来ました。これが有名な「石庭」です。想像以上に小さい。

・・・ではなく、これは堂内にあったレプリカでした。ポケットに戦車の消しゴムとかあったら、ジオラマ作って怒られたい衝動に駆られる。



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ついに来ました。こちらが方丈(本堂)の前庭となる本物の「石庭」です。

東西25m、南北10mの空間に白砂を敷き詰め、15個の石を配置したこの石庭の意味は謎に包まれており、観る人の自由な解釈に委ねられます。



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絢爛豪華で派手な金閣寺はアジア系の外国人観光客が多かったですが、シンプルで質素な龍安寺は比較的、欧米系が多い印象。

1975年にイギリスのエリザベス女王が日本を公式訪問した際、わざわざ龍安寺の拝観を希望したらしく、石庭を絶賛したことで、当時のZENブームも後押しして欧米圏で有名になったそうだ。



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皆、静かに座って眺めてます。さすがの中国人韓国客も比較的静か。

この石庭は、どの位置から眺めても必ずどこか1つの石が見えないように設計されてるらしい。製作者は特定されておらず、石の配置にどういう狙いを持たせようとしたのだろうか。わたし達もしばらく座って宇宙の真理を感じ取るべく瞑想しました。



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16:46 特にインスピレーションが沸くわけでもなく、この後、夕飯をどうするかだけ閃いて庫裡を出ました。

石庭の油土塀を外から見てます。油を混ぜた土で作られた壁はとても堅牢で、長い年月で変色し独特な色模様になっている。油入ってて火事とか大丈夫なのかな。



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物寂しい小石が敷かれた参道を歩いて行きます。時間帯が遅いからか金閣寺に比べると観光客の数は圧倒的に少ない。

尚、帰宅後、靴底に砂利がいくつか挟まってたのですが、たぶんここの小石だ。ご利益があるかもと玄関に置いてます。



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境内の南半分近くを占める庭園「鏡容池(きょうようち)」に出ました。

うーむ、寂しさが尋常じゃない。ここで一人でバイオリンを弾いたら間違いなく泣ける。まあ弾けないんだけど。



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鏡容池周囲の遊歩道をグルりと歩いていくと四季それぞれの花々を楽しめるそうだ。今度は絶対に春に来よう。寒すぎる。



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16:53 龍安寺を出ました。同じ世界遺産仲間である清水寺の「清水の舞台」、金閣寺の「金閣」と比べ、龍安寺の「石庭」は派手さは無いですが、人類共通遺産の名に相応しい深みを感じました。



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18:09 バスで京都駅に戻ってきました。京都駅でお土産を漁り、新幹線の出発まで「ワイヤードカフェ」で珈琲を飲んでます。

龍安寺の石庭で電光のように閃いた今晩のディナーは「昨日今日の食い過ぎを考慮し食べない」でした。なんて斜め上な電光なんだ。(完)

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気持ちが高揚しちゃってます!

ちゃんと書き込めていたらいいんですが大丈夫でしょうか?はじめての書き込みなので少し心配です(汗)

あの…akiraulさんの言葉にすごく引き込まれました、私は伝える作業が下手なもので心底羨ましいです!
自然と好きだなと思いました。

本屋さんでたまたま手にとった本がヒットだった時のような感じというのか(上手く言えずすみません)
いまは幸運から見放されてしまっているかのように、泥沼にハマり込んで抜け出せない感じが続いてしまっていて…。

だけどそんな今だからここに来れたのかもしれないで
す。
もし、もし良かったら私の悩み少し聞いてもらえないですか?

Re: 気持ちが高揚しちゃってます!

>羽さん
書き込みありがとうございます( ´ ▽ ` )ノ
聞くくらいしかできませんが、今後ともよろしくお願いします。
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